順風満帆な人生が一転。高校卒業目前に突然歩けなくなった元卓球選手

まさかこんな不幸が降り注ぐなんて。
もし本当に神様が存在するのなら「どうして私だったんですか?」と尋ねてみたい。

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全日本卓球選手権の帰り道に

私の卓球人生

小学1年生の時に2つ上の姉の影響で卓球を習い始めた私は、小学生の頃から県大会で上位に入賞し全国大会にも出場するような選手だった。中学までは地元に通い、高校は親元を離れ寮生活を送りながら卓球に明け暮れる日々を送った。最高成績は、インターハイベスト16九州総体準優勝県総体3冠オリンピックを目指せるほどの選手ではなかったが、それなりに成績をおさめ何より卓球が大好きだった。高校卒業後はインカレ(大学の全国大会)で優勝するほどの強豪の大学に進学することも決まっていた。

まさに、卓球は私の人生そのものだった。

正月明けに開催される全日本卓球選手権は、テレビで放映されるほど注目度の高い大会だ。私自身も高校最後のこの大会で結果を残し、大学進学に弾みをつけたい!と気合十分で試合に挑んだのに、この大会が最後の試合になってしまうなんて残酷すぎる幕引きだった。

試合を終え、東京から熊本行きの飛行機に搭乗。熊本空港に着くと、コーチが運転する車に乗り高校の寮へ帰ることになった。その道中、私が乗っていた車がトラックと衝突した。

交通事故で一生歩けない体に

その時の記憶は、ほとんどない。
微かに覚えているのは、だんだんと呼吸がしづらくなっていき「もう死んじゃうのかな」と思っていたこと。救急隊員さんらしき人が、何度も何度も「名前はなんですか?」と聞いてくるのが鬱陶しかったこと。(意識が遠のかないように声をかけていてくれたらしい…)

目を覚ました時にはすでに手術は終わっていたが、私の体は全く動かなくなっていた。

事故の衝撃で頸髄を損傷した私は、鎖骨から下が麻痺し両手足が不自由になった。感覚もなければ、運動機能もないため自分の意思で足を動かすことはできない。もちろん立つことも歩くこともできず、握力も失ったため「握る」「掴む」そういった動作も全くできない。

順風満帆に進むはずだった人生は一転。
高校卒業を間近に控えた17歳の冬。突然の事故に遭い一命は取り留めたものの、助かった命と引き換えに、体の自由を失ってしまった。

脊髄は一度傷つけると2度と元には戻らない

毎年5000人以上の脊髄損傷者が発生すると言われているが、未だその治療法は見つかっていない。「ips細胞」や「幹細胞」など、数年前から話題になっているが現在は研究段階である。

私は、頸髄の5・6番を傷つけており残存機能は「C6B2」で完全麻痺と診断を受けている。

損傷の軽重によって、麻痺は「完全麻痺」「不全麻痺」に分かれます。 完全麻痺は、文字通り損傷部位に対応する運動機能が完全に失われ、感覚もなくなってしまうというもの。 たとえば下肢の完全麻痺が起こっている場合、肛門括約筋を引き締めることもできません。 一方、不全麻痺は運動機能や感覚が完全には失われない麻痺を指します。

引用元“BTR アーツ銀座クリニック”

この診断により私は「一生車いす生活」と宣告を受け、大切なものをたくさん失い、夢や希望も奪われた。

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